Talk 13 (10)

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D.: Yes, I still understand only theoretically. Yet the answers are simple and beautiful and convincing.

M.: Even the thought, “I do not realise” is a hindrance. In fact, the Self alone is.

信奉者:はい、しかしそれでもなお理屈でわかるだけです。しかし、その答えは単純で美しく、また説得力があります。

マハルシ:「私には悟ることができない」という考えさえ邪魔である。事実は、真我だけが存在しているのだから。

Talk 13 (9)

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D.: I understand theoretically. But they are still there.

M.: Yes. It is like a cinema-show. There is the light on the screen and the shadows flitting across impress the audience as the enactment of some piece. Similarly also will it be, if in the same play an audience also is shown. The seer, the seen, will then only be the screen. Apply it to yourself. You are the screen, the Self has created the ego, the ego has its accretions of thoughts which are displayed as the world, the trees, plants, etc., of which you are asking. In reality, all these are nothing but the Self. If you see the Self, the same will be found to be all, everywhere and always. Nothing but the Self exists.

信奉者:理論的には理解できます。しかし、思考はそれでもなおそこに存在しています。

マハルシ:そう、それはあたかも映画のようなものだ。スクリーン上には光が当たっている。せわしなく動く影が映画の上演であるという印象を与えている。もし、その劇の中に、観ている観客自身が映し出された場合はどうだろうか。これもまた同様のことが起こるだろう。観る者、観られる者が、その時一緒に、スクリーン上に存在していることになる。これを自分自身に当てはめてみなさい。あなた自身がスクリーンである。真我は自我を創り出し、自我は思考を増大させる。そしてその思考が、あなたが質問するところの世界や木々や植物などとして映し出されている。現実には、これらすべては真我以外の何物でもない。もしあなたが真我を見るならば、それはすべてのものであり、あらゆるものであり、不滅のものであることがわかるだろう。真我以外に存在するものは何もないのだ。

Talk 13 (8)

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D.: Is it so with plants, trees, etc.?

M.: Do they exist at all apart from the Self? Find it out. You think that you see them. The thought is projected out from your Self. Find out wherefrom it rises. Thoughts will cease to rise and the Self alone will remain.

信奉者:それは植物や木などについてもそうなのですか?

マハルシ:果たして真我を離れてそれらは存在するのだろうか?それを見つけ出しなさい。あなたは、それらが見えていると思っているかもしれない。が、その思考は真我から映し出されているのである。思考がどこから生じているのかを見つけ出しなさい。その時、様々な思考は、生起するのを止め、真我だけが残るだろう。

Talk 13 (7)

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D.: Does my realisation help others?

M.: Yes, certainly. It is the best help possible. But there are no others to be helped. For a realised being sees the Self, just like a goldsmith estimating the gold in various jewels. When you identify yourself with the body then only the forms and shapes are there. But when you transcend your body the others disappear along with your body-consciousness.

信奉者:私が悟ることは、他の助けになりますか?

マハルシ:なる。確実に。それは最高の助けとなる。が、本当は助けられるべき他人などいない。というのも、悟った存在は真我を見るからである。ちょうど様々な宝石の中から金を見積もる金細工師のように。あなたが肉体と自己を同一視するならば、様々な形態や形がそこに存在することになる。しかし、あなたが自己の肉体を超える時、肉体に対する意識とともに、他者もまた消えるのだ。

Talk 13 (6)

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D.: It is understood intellectually only. Is not intellect a help for realisation?

M.: Yes, up to a certain stage. Even so, realise that the Self transcends the intellect — the latter must itself vanish to reach the Self.

信奉者:悟りは知性だけで理解されるのでしょうか?知性は悟りの助けにならないのでは?

マハルシ:知性はある段階までは助けになる。が、たとえそうだとしても、真我は知性を超えているということを理解しなさい。真我に達した時、知性はおのずと消えることになる。

Talk 13 (5)

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D.: Should I remain as if in sleep and be watchful at the same time?

M.: Yes. Watchfulness is the waking state. Therefore the state will not be one of sleep, but sleepless sleep. If you go the way of your thoughts you will be carried away by them and you will find yourself in an endless maze.

D.: So, then, I must go back tracing the source of thoughts.

M.: Quite so; in that way the thoughts will disappear and the Self alone will remain. In fact there is no inside or outside for the Self. They are also projections of the ego. The Self is pure and absolute.

信奉者:眠っていながら、同時に見張っているような状態でいなければいけないのでしょうか?

マハルシ:その通りだ。見張っているのは目が覚めた状態である。従って、その状態は眠りの状態ではなく、眠りのない眠りである。もし、思考のままに進んで行けば、その思考に囚われ、際限のない迷路に迷うことになるだろう。

信奉者:それでは、思考の源を辿って戻っていかなければいけないのですね。

マハルシ:まったくその通りだ。そうすれば思考は消え、真我だけが残るだろう。実際のところ、真我には内側も外側もない。それらもまた自我の投影である。真我は純粋かつ絶対的なものなのだ。

Talk 13 (4)

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D.: How long will it take for one to get that?

M.: Why do you desire to know?

D.: To give me hope.

M.: Even such a desire is an obstacle. The Self is ever there, there is nothing without it. Be the Self and the desires and doubts will disappear. Such Self is the witness in sleep, dream and waking states of existence. These states belong to the ego. The Self transcends even the ego. Did you not exist in sleep? Did you know then that you were asleep or unaware of the world? It is only in the waking state that you describe the experience of sleep as being unawareness; therefore the consciousness when asleep is the same as that when awake. If you know what this waking consciousness is, you will know the consciousness which witnesses all the three states. Such consciousness could be found by seeking the consciousness as it was in sleep.

D.: In that case, I fall asleep.

M.: No harm!

D.: It is a blank.

M.: For whom is the blank? Find out. You cannot deny yourself at any time. The Self is ever there and continues in all states.

信奉者:悟りを得るにはどれくらい時間がかかりますか?

マハルシ:なぜ知りたいと思うのか?

信奉者:希望を与えてくれます。

マハルシ:そのような願望さえ悟りに対する障害である。真我は常に存在し、それ以外は何もない。真我になりなさい。そうすれば願望や疑いは消えるだろう。真我は、眠っている状態の時も、夢を見ている状態の時も、そして起きている状態の時も、すべてを見ている。こうした状態は自我に属するものだ。真我は自我さえも超えた存在である。眠っている時、あなたは存在しなかったのか?その時、あなたは自分が眠っていること、あるいは外の世界を意識していないことを知っていたか?目が覚めて初めて、眠りの経験が無意識であったと言えるのだ。ゆえに、眠っている時の意識は、目が覚めている時の意識と同じである。もしこの目が覚めている時の意識が何であるかがわかれば、これら三つの状態を見ている意識というものもわかるだろう。そのような意識は、眠っている時に、それを探すことによって見つけることもできる。

信奉者:眠ってしまいます。

マハルシ:害はなかろう!

信奉者:何も考えられない空白の状態でしょう。

マハルシ:誰にとって、その空白の状態があるのか。それを見つけ出しなさい。あなたは自分自身を否定することはいつ何時でもできない。真我は常にそこにあり、すべての状態の中で存在し続けるのだから。

Talk 13 (3)

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D.: What are the aids for realisation?

M.: The teachings of the Scriptures and of realized souls.

D.: Can such teachings be discussions, lectures and meditations?

M.: Yes, all these are only secondary aids, whereas the essential is the Master’s grace.

信奉者:悟りの助けとなるのは何ですか?

マハルシ:経典や、悟りを開いた者の教えである。

信奉者:議論や講義、瞑想なども、そのような教えと言えますか?

マハルシ:なる。が、これらは二次的な補助に過ぎない。必要不可欠なのは主の恩寵である。

Talk 13 (2)

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7th January, 1935

“Is a Master necessary for realisation?” Mrs. Piggot asked first.

M.: The realisation is the result of the Master’s grace more than teachings, lectures, meditation, etc. They are only secondary aids, whereas the former is the primary and the essential cause.

Devotee: What are the obstacles which hinder realisation of the Self?

M.: They are habits of mind (vasanas).

D.: How to overcome the mental habits (vasanas)?

M.: By realising the Self.

D.: That is a vicious circle.

M.: It is the ego which raises such difficulties, creating obstacles and then suffers from the perplexity of apparent paradoxes. Find out who makes the enquiries and the Self will be found.

最初にPiggot女史が尋ねた。「悟りに師は必要でしょうか?」

マハルシ:悟りとは、教えや講義、瞑想以上に、主の恩寵の結果である。そうしたものは、補助に過ぎない。しかし、主の恩寵は第一の、そしてももっとも重要な原因である。

信奉者:真我を悟る時の障害となるものは何でしょうか?

マハルシ:心の習慣である。

信奉者:その心の習慣は、どのようにすれば克服できるのでしょうか?

マハルシ:真我を悟ることによってである。

信奉者:それでは、堂々巡りです。

マハルシ:我良しの自我こそが、そのような困難を引き起こし、障害を創り出し、一見したところの逆説に当惑し、それに苦しんでいるのだ。誰がそうした問い自体を発しているのか見つけ出しなさい。そうすれば、それは真我であることがわかるだろう。